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2009-08-21 Fri 18:33
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時折、訪れてくださっている皆様、どうもありがとうございます。
お元気ですか? すみません。 なかなか更新できませんで。 怠惰な性格なこともありまして、一度怠け癖がつくとナカナカ(汗) と近況を書いてみました。 |
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2009-06-18 Thu 00:16
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いやはや、3ヵ月半も「バリ島紀行」を書いてしまいましたね たった12日位のことだったのに、一体どうしたことでしょう? 50も記事をアップしている。 そんなにお伝えしたいことがあったんでしょうか?? 私もよくわかりません。。。 バリのことを考えるだけで、なんとなく頭がスローモードになっちゃうんです。 もっとシャカシャカ書こうとしても、何かが私を押し留めるんです。 なので、バリマジックにかかってしまっていたのでしょうとしか言いいようがない。 それに帰って来て、すぐにバリ島にまた行こうとなど、本気で考えてもいましたし。 バリ島は、神への秘儀のダンスも見せるようなとてもオープンな所です。 観光客に余すところ無く見せているのに、わからない印象を残すところなのです。 すぐ目の前に、美味しそうな食べ物が置いてあって、匂いまで漂ってきているのに、食べられない。男性だったら、すぐ手の届くところに裸の美女がいて、あますところなく見せているのに、触れられないといったどうしようもないもどかしさを残すところです。 それも触れたいと思えば思うほど。 もちろん、バリニーズマッサージを受けるだの、ラグジュアリーヴィラでまったりするという自分の目的があれば、それはきちんと満たされるでしょう。 でも、ただ単にバリを知りたいなどと、安易な気持ちで行くと、もうそれはドツボにハマります。 行っても、ほとんどわかりませんから。 それは、たぶん日本より凄くかっちりとした共同体があって、その中に入ってしかわからないものな気がします。 日本にいる外人がいつまでも外人扱いを受けるように、いや、日本以上に、長く住んでいると疎外感を感じる気がします。バリに長そうな西洋人たちを見てそう思いました。外人は外人で固まっている。そのあたりは、フランスとはずいぶん違う。(フランスには別の壁がありますが) 女はともかく、日本人の男がバリの女性と結婚した場合、どのカーストに入るのでしょう?まず、入れてもらえるのかな。。 たとえ、共同体に受け入れてもらったとしても、一緒に火葬の儀式では遺体を洗って、毎日、お供えをする位しないと理解するのは、無理かもしれません。バリの人たちは死後の世界も内包しながら、生きているのですから。
そんなこんなで、たくさんの未消化なものを抱えての帰国となりました。 なので、勉強不足だったんだワと本をたくさん読んで、少し理解した気になっていますが、本当のところ、やっぱり謎。。。 インドに行った人がよく、インドにハマるというのも、たぶん、インドのわからなさにハマっちゃうのかもしれません。
なので、こんなに長くなってしまい、もうイイ加減にしろヨという空耳が聞えなくもなかったんですが(?)日を追うごとに増えるアクセス数に、「もう、わかったヨ。いいから、おまえの好きにやれ!」という破れかぶれのご声援を聞いたように思い、好きにやらせてもらいました。 コメントを下さった方々、読んでくださった方々、最後までお付き合いくださいまして本当にありがとうございました。 長いこと日本ブログ村「現代小説」部門ランキングにて、連続1位。 始めたころからは想像もつかなかった貴重な経験をさせて頂きまして、応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。 いろいろなことがよく見え、勉強になりました。 FC2「小説」部門ランキングでも、連続3位と、本当にありがとうございました。
さて、何が一番、バリ島で印象的だったかというと、 実はバリに着いた日に見たしょぼい商店の青白い光とその向こうのジャングルです。
コレは、街中のなんてことない商店の写真ですが、ジャングルの前にこういう商店があると、夜に一変、なんとも妖しい世界になるのです。 (あ、写真に人が写ってたんですね。知らなかった。笑ってますね。) 夕方に空港に着いて、デンパサールからウブドに向かう一本道の脇に、時々ぼんやりと浮き上がって見えることでしょう。 いつか機会があれば、見てみてください。 ああ、これのことか…と思ってくださったら、何よりです。 バリ島は、10年後でも変わらないでしょうから。少なくともそう思えるところです。
とりあえず、書き終えたことで、バリマジックからも開放されたみたいです。 あー、良かった良かった.゚+.(´∀`*).+゚.
現実の方が追いまくられているので、切りのよいところで、しばらくお休みします。 ランキングの方もはずして、しばらく休眠させておこうと思います。 |
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2009-06-16 Tue 06:16
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とうとう、日本に帰国する日。
迎えに来た車に乗って、ガイドと共に飛行場に向かった。 途中、市場があって「面白そうだなぁ」と言うと、車を止めてくれた。 野菜や魚や肉や生活用品が売られているバリ人のためのディープな市場。 ちょっと写真は憚られる気がして撮らなかったけれど、コレは何?コレは?などと言いながら、見て回った。 「ニオイ、キツイデシュネー」とガイドがすまなそうに言った。 彼にとっては、バリ島の恥ずかしい部分なのかもしれない。 「もっとこういうところ見たかったワ」とつぶやくと、 ガイドが油でジュージュー目の前で揚げているものを買った。 夕ご飯のおかずかなぁと思って「唐揚げ?」と訊くと、 イイです。払いますと言ったのですが、くれると言う。 食べ物に弱い私は、イイ奴っちゃなーと感激す。 熱々のソレを食べてみると、中にはつぶしたバナナや芋が入った揚げ菓子だった。 ほのかに甘くて美味しかった。
車に乗り込んでしばらくすると、ガイドに「アンケートデシュー。カイテクダシャイ」と紙を渡された。 ガイドのお客様への応対についてのアンケートぉ?(゚Д゚) あの揚げ菓子はワイロだったのかぁ、、、 思わず、噴いてしまった。 その様子を見て、「ワタシハ、イイガイドダッタデシュカー?」とガイドがニヤニヤして言った。 「イイ所もあれば、悪い所もあったでしゅー」 と言うと、ガイドの顔が一瞬にして曇ってしまったので、 「冗談、冗談。すべて大変良かったに〇しておきますから」と言うと、またパッと明るい表情に戻った。 それに封筒に入れるわけじゃなく、そのままガイドに用紙手渡すんだもの。 とはいえ、我がガイドの損になるようなことは、元々書く気はなかったですけどね。
空港に着くと、ガイドが「ソレデハ、ココマデシカ、ワタシ、ハイレマセンノデ、ミナサマ、ココデオワカレデシュー」と言った。 嫌な思いをしたこともあったけど、やはり少しセンチな気分になった。 「デハ、マタ、バリニイラッシャイマシタラ、ゼヒ、ワタシヲシメーシテクダシャイ」 思わず、それはない!と心の中で叫んでしまいましたが、向こうもお世辞で言っているのでしょう。 「もしまた、バリにあなたの旅行会社のツアーで来るようなことがあったら、そうします」と、ツアーで来るようなことがあったら、を強調して言った。 もうツアーはこりごり。 ヴィラはすごく良かったけれど、特典のディナーやアフタヌーンティーや食べ放題の朝食やバリニーズマッサージなどに縛られて、なかなか自分の思うように行動できなかったことは、やはり残念。 ヴィラは風景や敷地の広さ重視だから、街から少し離れていることが多い。無料とはいえ、運転手に一々街まで何度も連れて行ってもらうのは面倒。 とにかく、ヴィラは一歩たりとも宿から出ずに過ごすのが、基本なのです。そのために特典があるのです。マッタリ派用なのです。行動派は、泊まると不自由に感じてしまいます。 今度来るとしたら、もうロスメン(安宿)で十分。1回位、ヴィラを入れてのんびりするのはイイかもしれないけど。 そしてガイドは……悪いが必要ない!| `Д´|ノ ただ、ツアーだとホテルも飛行機代も割安なんだよなぁ。。次はよっぽどの安宿にしない限り、高くなっていしまうだろうなぁ。。そこがまたバリ島ツアーのシステムの罠なんだけど。。。
握手をしたいなと思った。 握手する時の二本の腕の長さの距離感や手の握った時の感触、そして、感傷的な気持ちを振り切って綺麗に手が離れていく感触が、好きだ。 後で思い出したときに、さわやかな感じが残る。 でも、女から握手を求めるようなことはできないので、黙って頭を下げた。 行こうとすると、 「ワタシガイッタコトデ、マチガッテイルコトガアッタカモシレマシェン。アトデワカタラ、ドーゾオコラナイデ、ユルシテクダシャイ」 とガイドが頭を下げた。 ぁあΣ(-Д-;)ノ?! おいおい、何、適当なこと言ったんだ!この最後の最後にそういうこと言うか? いっぺんに彼との会話が思い出され、あれは本当にナンカの実だったのか?あれはやっぱり、豚のえさだったんじゃないか?本当は、ハリネズミ食べるんじゃないの? ンモォー!! o(*≧д≦)o″と思わず、詰め寄りたくなる気持ちをぐっと抑え込んだ。
フッ。。(* ̄ー ̄*) 最後まで、我がガイドは……我がガイドだったな。。。 なので、もしこれまでの記事に間違っているところがあるとすれば、それはガイドのせいですから、私にもどうぞ怒らずに許してくださいませ。<(_ _)> 扉を押しながら振り向くと、ガイドが「スラマ・ジャラン」と言って手を振った。 私も「スラマ・ティンガル!」と言って手を振った。 これは最後にガイドに教えてもらった言葉。 「スラマ・ジャラン」は残る人が、立ち去る人に言うさようなら。 そして、 「スラマ・ティンガル」は立ち去る人が、残る人に言うさようなら。
今日も彼はだれた様子で、 「オツカレシャマデシター。ゴキゲンイカガデシュカー」 と日本人相手にやっていることでしょう。 これだけ噂されたので、たぶん、クシャミを連発しながら。
……健闘を祈る。 日本人の彼女を早く見つけて、もっと日本語を磨いてくれ!ヽ(≧Д≦)ノ
飛行機の窓から、デンパサールの光がキラキラ見えて、 そしてインドネシア・ガルーダ航空は、一路、成田へと向かったのでした。 (あ、帰りはジャカルタ経由だったのですけどね。)
完
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2009-06-14 Sun 05:01
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それから、街に出かけた。 その位元気にはなったのです。 スミニャック、レギャン、クタと街が続いているんだけど、とても繁華なところ。 スミニャックはとてもお洒落で、ブティックがいっぱい。 クタはもう観光客で溢れかえっている上に、車やバイクが入り乱れて、喧騒が激しい。 こっちのタクシーって、歩いているとみんな乗らないか?という意味で、ブブーッと後ろから鳴らすんです。 だから歩いていると、うるさいったらありゃしないのです。 でもレストラン、カフェ、バー、クラブ、安宿、お土産屋などがひしめき合っていてとても活気がある。それに、今までの街より物価が安い。 ああ、なんだ、イイなぁ、、、この街にもう少しいたかったなぁと思いました。 男の人は上半身裸、女の人たちも、上は水着のブラだけ、下はショートパンツといった姿が目立つ。海沿いの街特有のビーチサンダルを擦って歩くようなだらしなく気だるい歩き方なども、海育ちの私にとっては、好ましいものに映ります。
細い路地にこんなTシャツ屋がひしめき合っている。 なんで観光スポットって、Tシャツばっか売っているんでしょうね? クタのビーチは、サーフボードが立ち並んでいました。 あんまりやっている人はいませんでした。海自体はそんなに綺麗じゃありません。
2002年の10月12日の夜中に、爆弾が炸裂した。 その時、サリ・クラブにいた人々のみならず、まわりのショップやバーも吹き飛んだ。 そのサリ・クラブの跡地に建てられた慰霊碑。 亡くなった人々の名前が刻まれていた。 イスラム過激派による犯行であった。 3年が過ぎ、やっとバリ島への観光客が戻ってきた2005年10月1日。 ここには、バリ・ヒンドゥー教とジャワ島のイスラム教の対立がある。 しかし狙われるのは、外人観光客たちなのだ。 冥福を祈りその場を後にした。 とてもにぎやかで、気分がいるだけで盛り上がるお店でした。 西洋人が目立ちます。この中庭の周りにもお洒落なお店が立ち並んでいます。
クタの辺りは、ジゴロや悪質両替屋や「ワタシ、ニホンスンデタヨ。トモダチ、イパイネ」とか何百メートルもずっと張り付いてきて自分の店に連れて行こうとする客引きなど、そんな観光客を鴨にしようとする人たちがいるので、柄はあまり良くないのだけれど、それでも魅力的な街でしたヨ。
他の街より、ちょっとだけご用心くださいましね。
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